おうちに帰ろう(在宅緩和ケア編)

おうちに帰ろう
在宅緩和ケア編

在宅緩和ケア編 わたしたちは、父を家で看取りました

父は大腸がんで2年あまり、手術や抗がん剤による闘病生活を乗り越えてきました。しかし、いよいよ、抗がん剤が効かなくなり、発熱が続く毎日を病院で過ごしていました。

病院にて


医師:
病気の進行度、年齢的なこと、体力と既往症を考えますと、積極的な治療ではなく、病気と共に生きる緩和ケアが最善ではないかと我々は考えます。父:
私は家に帰りたい。最期まで家に居たい。

娘:
私達家族も本人の望む様にしたいのですが、我々は素人です。いざ、家につれて帰ると決めてもとても不安です。

自宅にて

家族がソーシャルワーカーに相談し、退院カンファレンスが開催され、在宅緩和ケアの支援体制を整え、無事自宅へ帰ってきました

父はチェロの演奏者でした。家に帰ってからは、調子の良い日は、大好きな楽器の手入れをしながら、音楽を聴きながらうれしそうにしていました。

父:
こうして楽器に触っていると落ち着くんだよね

私たち家族は、父に残された時間を一日一日大切に、そして彼が今まで通りの生活を過ごせるようにと協力しました。
次第に、父の食欲がなくなり、痛みのせいか夜間も眠れなくなってきました。それでも、訪問看護師さんが来る日の朝は、ひげを剃り、看護師さんとおしゃべりをするのを楽しみにしていました。

訪問医師:
痛みが強くなってきたようなので、麻薬による痛みのコントロールを開始しましょう

妻:
強い薬でしょう?ちょっと心配だわ

訪問医師:
痛みの様子と、副作用などの症状を細かく観察しにきますので、だいじょうぶですよ

それ以降、父はこれまでより少し良く眠れたようでした。しかし、次第に痛みの出現とともに薬の量が増え,体力も衰え、チェロを弾くことはできずに、ただ眺めているのがやっとになってしまいました。

その日の朝、いつもより少しつらそうながらも、私たちとおしゃべりをかわし、姉の買ってきたお菓子を一口だけ食べてくれました。夕方,様態が急変し、訪問医師と看護師が来てくれました。もうすでに、薬を飲めなくなっていた父に、注射と坐薬による鎮痛を行いました。その夜、私たちに囲まれ、大きなため息とともに、父は静かに旅立ったのです。

好きな時間に起き、窓から広がる緑を眺め、好きな楽器に囲まれ、父はからだがきついながらも、彼の大切な時間と、私たち、家族との時間を穏やかに、そして最期まで彼が安心できる、居心地の良い場所で過ごしたのだと思います。
患者を支える家族、そしてそれを支える人たちとともに過ごした父と、父をおくった私たちは幸せだったと思います。
 

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